BAMBOO SHOOTS MOUNTAIN JOURNEY vol.8

 

山の服サンプルを見てもらいに土屋さんのいるハイカーズデポへ(後編)

 

約半年かけて試行錯誤を繰り返してきた、山の服のサンプルがついに完成。さっそくバックパックに詰め込んで、向かった先は東京・三鷹。ULの名店ハイカーズデポの土屋智哉さんにぜひご意見を、ということでお邪魔させていただきました。シャツとインナーについての前編に続き、後編ではパンツのお話。だけでなく、ちょっと脱線気味の熱い話も。

 

 

 

 

土屋智哉(以下、土屋。本文中敬称略):さあ、そしていよいよ出てきました。パンツですね。バギーズだ。

 

甲斐:僕、いまの登山用のパンツのシルエットで好きなのがないんですよ(笑)。ピタッとしたやつ。そもそもクライミングパンツってドカーンってシルエットだったじゃないですか。VERVEのベリコパンツとか一番最初のグラミチパンツとか。ああいうパンツをもう一回新品で履きたいなと。

 

土屋:実はうちも今年、オリジナルのパンツを出すんですけど、狙っているところは同じ感じありますね。懐古主義に走るわけではないんだけど、僕らって単純に若い世代よりも、見てきたモノの数が多いですよね。歳をかさねてきた人間の唯一の良さといっても良いかもしれない。例えば、ブランドが持っていたアイデンティティの根底を知っているというか。

 

甲斐:僕もまったく一緒で、そういうものも含めて、服を作って行きたいんですよ。

 

土屋:服ってどうしてもトレンドがあるじゃないですか。それはアウトドアに関しても一緒で、良いんだけどなくなっちゃうものって結構ある。企業として考えたら、流行ってないのに作り続けるのってなかなか難しいですよね。でもアーカイブさえ残っていれば、もう一回掘り起こすことができる。だから甲斐さんとか僕みたいな、アーカイブを蓄積してる人間ってのも、やっぱり必要だと思うんですよね。

 

甲斐:そうですね。だから元ネタを公表していくスタイルで良いかなと思ってます。ただ、完全に同じ物を復刻させても意味はないので、とうぜんアレンジは入れていきますけど。

 

 

 

 

土屋:ちなみにこれ、ガゼットないんですね。タックも入ってる。

 

甲斐:そう。パターンだけで足が開くようにしたかったんです。2タックいれることでさらに腰回りの自由度も確保してます。なおかつあまりだらしなくならないように。

 

土屋:ここまで太くしちゃえば、ガセットなくても問題なさそうですしね。クライミングパンツのありかたって、どういうシーンでのクライミングをするかに大きく関係してきますよね。アルパインのシチュエーションだったら、ある程度タイトじゃないと岩に引っかかる危険性もあるし、あまり太くはできない。甲斐さんも好きだと思うんだけど「YOSEMITE 60’s」の頃だと、ワイドクラックの中に体をねじ込まないといけないから、頑丈さが求められたり。

 

甲斐:VERVEとかが出てきたのって、その後になるんですけど、とにかくそのスタイルが大好きで。自分はクライミングはできないんですが、作るウェアであの空気感を出したいんです。

 

土屋:そのあたりがやっぱり洋服屋さんの矜持ですよね。クライミングのディティールとかをくわえながら、ハイキングにアジャストした感じですね。ちょっと、履いてみていいですか?

 

 

 

 

甲斐:お、これも似合う。クラブにいそうですね(笑)。レングスはちょっと短くしているんです。

 

土屋:これは腰で履かないほうが良いですね。シルエットが綺麗だから。素材もちょっと光沢がありますね。これ、格好いいかも。

 

甲斐:色は、今履いてもらってるベージュのほかに、ブラック、ネイビー……。

 

土屋:ピンクは!?

 

甲斐:あ、ピンク良いっすね。

 

土屋:パンツにビビッドな色味のものがないじゃないですか。ちょっと欲しいんですよね。

 

甲斐:このベージュは軍のチノパンをイメージしているんですよ。

 

土屋:なるほど。

 

甲斐:あと、腰を紐にしたのも、自分が太腿が太いんで、そこに合わせてパンツを選ぶとウエストが余っちゃうからなんです。いちばんちょうど良く調整できるのが紐かなって。うっかりベルト忘れみたいなことも起きないし。

 

 

 

 

土屋:ショートパンツもあるけど、形はほぼ一緒なんですか?

 

甲斐:いや、これは最初のグラミチパンツのシルエットで作ってるんです。

 

土屋:あ、そっか。たしかに。タックの入り方とか。

 

甲斐:これも長パンと同様、スマホが入るポケットがあります。でも大げさにはしたくなかったんで、ボタンとかもないシンプルな作りにしました。

 

土屋:縫製とか見ても、アウトドアとかテクニカル路線に寄せすぎない方向性なんですね。

 

甲斐:意識してるのは、どちらかというと軍モノですね。5.11 ってミリタリーの

ブランドがあるんですが、これって、実はロイヤル・ロビンスが作ってるんですよね。アウトドアからミリタリーに派生したものってけっこうあるんですけど、そういうオーバーラップ感が欲しいなと。昔と比べると、山で着ていく服のシルエットやディティールにも自由度がでてきたなと感じるんですよね。

 

土屋:登山と一言で言ってもいろんなスタイルがありますからね。ヨーロッパのアルピニズムでの山の衣類と、アメリカ由来の、いわゆるアウトドアの衣類の文脈って違いますからね。これは僕個人の意見なんですが、アメリカのバックパッキング的なものって、日本ではずっとアルピニズム的な登山という枠の中に飲み込まれてきたんだと思います。でも2000年以降にウルトラライトとかトレイルランニングが入って来たことで、ようやくアルピニズムではない、ハイキング的な山の捉え方が日本でもされるようになってきた。そういう流れが、甲斐さんが感じた服の自由度にも表れてきているのかも知れませんね。

 

甲斐:ある種の割り切りというか。

 

土屋:そう。アメリカのハイキングは、ざっくり言ってしまえばクライミングパートのないトレイル歩きです。だから普通の格好で良いんですよ。

 

甲斐:ジーンズによれよれのコットンシャツとか、映画とかで観て憧れたスタイルです。

 

 

 

 

土屋:バンブーシュートって、ずっとアウトドアとファッションの垣根を越えようとしてきたお店だと思うんです。ただ、いままでは登山=アルピニズムだったから、ファッションとしてしか、アメリカのアウトドアって表現できなかったと思うんですよ。でも、ULとかの認知が広まったことで、ようやくリアルユースの方向でも垣根を越えることができるようになってきた。25年くらいかけてバンブーシュートがやってきた本質っていうのが、ようやく伝わるタイミングになってきたのかもしれませんね。

 

甲斐:その言葉、創業者が聞いたら泣いちゃうやつです。ありがとうございます。でも、ハイキングという言葉を広めてくれたハイカーズデポの存在がすごく大きいんですよ。それまでハイキングって言ったらピクニックに毛が生えた程度のものという認識だったと思うんですよ。ちょっとダサいというか、登山できない人がハイキングする、みたいな。でも土屋さんとかがロングディスタンスハイキングという世界を広めてくれたことで、ハイキングに夢が生まれましたよね。ハイキング、格好いいじゃん、っていう。

 

 

 

 

土屋:僕にとってのULってカウンターカルチャーなんですよ。そもそもアウトドアカルチャー自体がカウンターだと思っているので。そのあたりも甲斐さんなんかと合う気がしてるんですよね。

 

甲斐:まさに。音楽にしてもファッションにしても、カウンターへの憧れというのは常にあります。

 

土屋:メインストリームに対するカウンター。だから仮にULがメインになったら、僕はやめると思います。それは求めていたULではなくなっているということなので。でも、良い時代を過ごせてきましたよね。いまだったらネットを叩くと世界中のことがリアルタイムですぐに分かるけど、僕らの時代はそうじゃなかった。だから現地に行くしかないし、現地で得た情報というものにインパクトがあった。

 

甲斐:それはファッションも同様ですね。みんながこぞって新しいものを見つけに海外に行っていました。

 

土屋:もしかしたら、そういうことができた最後の世代かもしれないですね。

 

甲斐:足で稼ぐ世代ですね。

 

土屋:いまは新しいものはネットで見つかるから、僕らがやらなきゃいけないのは、ネットではなかなか掘り出せない過去のアーカイブを次に繋いでいくとこなのかもしれないですね。

 

甲斐:いま服を買う理由が浅い気がします。なんとなく、なんですよね。だからみんな似たような服装になっちゃう。今の若い子たちには、ぜひもっとディグって欲しい。このパンツのディティールってなんなんだろうとか、元ネタはあるのかとか、ブランドの歴史や思想みたいなものも含めて。そういうことを知って行くと、自分がどんなブランドが好きなのかとかがもっと明確になって、選ぶ服もおのずと決まってくる。それによって自然と個性も出てくると思うんです。

 

土屋:甲斐さんの服ってまさにそれを伝えようとしてますよね。新しいわけではない。でも大事なのは元ネタをきちんと言えること。それって先行事例に対するリスペクトの表現のひとつだと思うんです。でもそれは深く元ネタを理解していないとできない。なにより知って選んだほうが楽しい。そういうことも含めて、メッセージ性のある服だなと思いました。

 

 

 

 

 

櫻井 卓 Takashi Sakurai
ライター。「TRANSIT」「Coyote」などの旅雑誌のほか「PEAKS」など山の雑誌でも執筆。国内外の国立公園巡りをライフワークとし、これまで訪れた海外の国立公園はヨセミテ、レッドウッド(カリフォルニア)、デナリ(アラスカ)、アーチーズ(ユタ)、グランドキャニオン(アリゾナ)、ビッグベンド(テキサス)
サガルマータ(ネパール)、エイベルタズマン(ニュージーランド)など。とくにヨセミテ近辺は、何度も訪れている。
www.subsakurai.com

木本日菜乃 Hinano Kimoto
写真家。株式会社アマナを経て2020年に独立。現在はフリーランスの写真家として「TRANSIT」「FRaU」「BRUTUS」などの雑誌のほか、GOLDWINと環境省の
WEBサイト「NATIONAL PARKS OF JAPAN」にて、日本の国立公園の撮影も担当。新宿御苑などでの写真展も開催している。
www.hinanokimoto.com