BAMBOO SHOOTS MOUNTAIN JOURNEY vol.33
甲斐、FUJI ROCKを蹴って山へ。
三俣山荘での道直し滞在記(後編)

前回に続き、甲斐の三俣での道直し。前回、オリエンテーションでしっかりと道直しの概念を学んだので、今回はフィールド編です。
小屋2日目の午前中は、石川さん、敦子さんと一緒に自然観察へと出かけます。道直しで大事なのは“想像と観察”だと、石川さんは言います。
かつて、このあたりは高山植物に覆われていたはず。ではなぜそれが失われてしまったのか。そしてその原因はいったいなんなのか。そういうことを実際にフィールドに出て、イメージするのです。
あいにくの雨ですが、そのほうが水の流れや登山道の荒廃は見えやすいと言います。

「ここは、登山道がつくことで、水の流れが変わってしまい、どんどん掘れていってしまっている場所です」
石川さんが説明してくれると、素人目にもじょじょに水の流れが見えてきます。
登山道にところどころ設置されている水切りは、自然の水の流れを取り戻すため。歩くことで急傾斜となってしまった部分は、雨が降ると水とともに土が流れていってしまい、ちょっとした川のようになってしまいます。そこに小さな砂防ダムのような土留めを設置することで、少しでも浸食を防ぐなど、一言で道直しと言ってもさまざまな手法が試みられています。
いかに水を流さず土を留めるか、が鍵です。

「ここは分かりやすい場所です」と石川さんが指差したのは、側面が大きく抉れてしまった登山道。ストックがきっかけで道の両サイドが抉れ、そこを水が流れることでどんどん掘られていく。土が流出していくことによって、登山道が広がっていき、結果植生が後退していってしまう。
石川さんと敦子さんによる丁寧な説明で、つぎつぎと、傷跡というべき箇所が見えてきます。

荒廃している登山道の現状を見て、ちょっと意気消沈気味の甲斐。でも希望もあります。敦子さんが20年ほど前に道直しをして、いまは人が歩かないようになっている、昔の登山道へと案内してくれました。かつては、荒廃が進みすぎて、荒れ地のようになっていたと言いますが、いまそこでは、いたるとこで植生が息を吹き返していて、かつて土留めのために使っていたネットも自然に還りつつあります。なんとも美しい場所。
「こういう風景に戻っていくというのが理想です」と敦子さん。

道直しは、短期間で結果が出るものではありません。だからこそ、伝えて、広めていく必要があると感じました。20年後、100年後の未来を見据えて、関係人口を増やし、継続していくことが大切です。そのためには、登山という枠を超えて、バンブーシュートやLOGのような別軸からのアプローチも大事だと感じました。

翌日も雨模様ですが、道具一式を背負っていよいよ道直しの現場作業へ。
現場は三俣山荘から黒部源流に下って行く途中。人が歩くことで、土壌が抉れてしまい、雨が降ると大量の水と土が流れていってしまうようになってしまった場所だと言います。

ここに石を積んで、いわゆる砂防ダムのような構造を作ることで、これ以上の土の流出を食い止めるのが、今回の道直しの目的。

スリングを使って大きな石を運んだり、ネットを使って土留めを作ったりと、みんな黙々と作業に取り組んでいます。
半日かけて道直しができたのは3mほど。地道な作業の積み重ねなのだということを痛感します。

「実際にやってみると、オリエンテーションや自然観察の意味がさらに深まりますね。ただ歩きやすい道をつくればいいというわけではない」と甲斐。
道直しと登山道整備は、ちょっと違います。
優先すべきは自然なのです。その結果、人も歩きやすくなるという順番なのです。
「かつてあったはずの風景を取り戻す、という意識でやっています」と、石川さん。

名残惜しいですが、ついに下山の日がやってきてしまいました。
最初の方こそ、友人があげているインスタなどでFUJI ROCKの様子をチェックしては「いいなぁ」なんて言っていた甲斐ですが、いまやすっかり三俣山荘の魅力の虜です。
帰りたくないオーラが全身から漲っています。
最終日は伊藤新道を通って湯俣まで。本来なら草刈りなどをしながら2日かけて下山する予定でしたが、前日までの悪天候のため、1日で一気に下りることに。
出発の際は、小屋を挙げての盛大なお見送り! こりゃ通いたくなるのもうなずけるぞ、富田&黒田。

今回下って行く伊藤新道とは、三俣山荘から湯俣山荘を結ぶ、全長約10kmの道。三俣山荘の初代のご主人であり「黒部の山賊」の著者である、故・伊藤正一氏が約10年の歳月をかけて、1956年に開通させた道ですが、じょじょに荒廃し、長いこと熟練者しか通らないバリエーションルートとなっていました。2023年に関係者の努力によって復活。日本離れしたワイルドな景観が残された数少ない場所でもあります。

「伊藤新道はとくに山パートが好きですね」と、甲斐。
小屋周りの登山道から一転して、人があまり歩いていないこともあって、自然本来の姿がまだまだ残された道です。美しいシングルトラックが続き、道の際まで植物が繁茂しています。昨日まで道直しをしていた身としては「こういう道が良い道なのか」という答え合わせができるのです。
その後は、いくつもの渡渉を繰り返し、日本離れした景色が続く峡谷を下って行きます。途中には、野湯で足湯というご褒美も。
実は、甲斐はこれが渡渉初体験。最初こそちょいビビリでしたが、石川さんのサポートもあって、無事踏破。「めっちゃキツかった」という言葉とは裏腹に、とても良い表情をしています。

2回にわたってお送りした今回の、三俣山荘道直し滞在記。ぶっちゃけた話、甲斐がここまで道直し滞在を気に入るとは思っていませんでした。
「こういうのは単発で来て終わり、ではダメですね。道直しを手伝うのはもちろんなんですが、なにかバンブーシュートらしいアプローチでも協力できることを、もっと考えないといけないですね」と、下山しながらすでに次のことを考えています。

山の服を作ることと、山そのものを守ること。一見するとまったく別の話に思えますが、どちらも、山の未来を考えることに繋がっています。
今回、甲斐が三俣山荘で学んだのは、道直しのことだけではありません。自分たちが歩く道の先にどんな風景を残して行きたいのか、自分たちにはなにができるのか。
甲斐の道直しはどうやら今回で終わりではなさそうです。
Text/Takashi Sakurai